なりたいものになる

  • 雄一
  • 6月 29, 2026

たとえば、生まれながらに片足が不自由だったとして。

たとえば、二十歳で交通事故にあって、片腕を失くしたとして。

 

同じ障害や病気でも、

先天的か、後天的か、

その違いが意味するものは一体なんなのだろう。

と一時期ずっと考えていました。

 

先天的なものは、

「こんな身体に生まれたくなかった」

「こんな身体で産んでごめんね」

という重力とセットになっていて、

 

後天的な方は、

「なぜ自分だけこんな目に」

「あれもこれも、できなくなってしまった」

というsolitudeと重なる。

 

 

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また、一口に後天的と言っても、年齢による差は大きい。

 

小児がんで3歳で亡くなる方、

90歳になって膵臓がんで召される方、

 

どちらも同じ病態だけれど、

前者は「なぜ生まれてきたのか」

後者は「天寿を全うしたようなもの」

となる。

 

生命機能が停止したという意味では同じことでも、

それが持つ意味合いは全く異なるのが常識になっている。

 

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これらを「しょうがないよね」って運命論的に語るのではなく、

その人生が描く「軌道の質」として眺めたときに。

 

「今回の人生は、この体験を味わってみたかったんだネ」と理解するのが、

自分としては一番しっくりきます。

 

人生が一回きりだとしたら、こんな馬鹿げたゲームないよなって昔から思ってたけど、

多分、そういうこと。

 

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みんな、なりたいようにしかなれないし、ならない。

 

だから、すべてはもう実現しているし、成就している。

 

そうイメージして、カラダに意識を向けてみると、

背骨の中心の軸が太くなるような気がするような、しないような…

 

 

 

 

 

 

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