Taenal
毎日ご飯を食べ、いろんなものを出して、睡眠をとらないと維持ができない
そのほかにも身体が要求するものはいろいろあり、それらに応える必要もあるし…
ひじょーにめんどくさい
けど
自分そのものである、とも感じる
カラダって、いったい何なのでしょう
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身体をもつ、あらゆる生命存在には「生気=アウラ」があると古代ギリシアで語られた通り
カラダがただの土くれではないのは昔から常識で
またいうまでもなく、東洋思想におけるカラダは「ココロ」と一つのものであり
両者が互いに影響し合っていると考える
つまり、カラダはただの物体ではなくて、プラスαのはたらきがあるのだと…
それはどんな?
シンプルに、「形のないもの」を味わうための場所
それが、身体
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わかりやすい例をひとつ
大切な人に伝えたい話が全然伝わらないとき、思わず頭をうなだれてしまうことありますね
「ウーン…」となるその時の、頭と首のズーンとした感じ
「なんで分かってくれないのん…」という無力感・徒労感のようなものを、
身体はズーンという『体感覚』として表現してくれる
ここでは無力感・徒労感といった感情のような何か=形のないものは、
カラダを通して初めて感じられるようになるのです
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この話の前提となっているのは、一般的な理解とは逆に
「感情」は脳内やココロにはない、という考え方
正確には、
❶ まず感情と呼ばれる何かは、体感覚としてカラダに生じる
⇩
❷ それを後から、大脳が感情として処理している
ということが、大脳生理的にも真実に近いことが分かってきています
面白いですね
「禅」の考え方とも通じます
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このようにカラダをとらえるならば、身体はただの乗り物ではなくて
PCのモニターや、音楽を鳴らすスピーカーに近いですね
情報、波(周波数)として存在するものを、自分が感じられる、味わえるものとして表現してくれるもの
面白いのは、カラダを整えることで、キャッチできる情報・周波数が変化すること
高画質な映像を映し出すには、高性能なモニターがいるし
デジタルリマスターの音源をラジカセでは味わえないのと一緒の原理です
別の見方をすれば、カラダを整えることが”開運”につながる、みたいな言説も、このあたりが根拠です
(その通りだと思います)
自分を変えたければ、カラダと環境を変えろ!というのも一緒かと思います
(外的環境はそのままカラダに反響しますから)
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カラダについて、一回で書けるわけないやんけ
という心の声と共に、なんとなく鼻が詰まるような体感覚が出てきましたので、ここで終わりにします…(笑)
また続きをどこかで。
雄一
Taenal